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第3回:【リスク分析編】製造業特有の脅威評価と関東圏地域リスクの定量化

事業継続力強化計画書の土台となるリスク分析は、自社を取り巻く脅威を科学的に評価し、限られた経営資源を戦略的に配分するための重要なプロセスです。製造業においては、地震・水害等の自然災害に加え、生産設備の故障、サプライチェーン分断、熟練技能者の喪失、サイバー攻撃など、多層的なリスクが複合的に事業継続性を脅かします。本稿では、さいたま市以南、東京都内、神奈川県内の関東圏製造業を対象に、首都直下地震や荒川・多摩川流域水害などの地域特性を踏まえた定量的リスク評価手法を解説します。発生確率と影響度を数値化したリスクマトリックスと期待年間損失(EAL)による優先順位付けにより、補助金審査でも高評価を得られる客観的根拠を構築し、次回のBIA(業務影響度分析)につなげる実践的基盤を提供します。

リスク分析の戦略的意義と製造業における重要性

現代の製造業が直面するリスク環境は、単一の脅威が独立して発生するのではなく、複数のリスクが相互に関連し合い、連鎖的な影響を及ぼす複雑な構造となっています。

リスクの相互連関性と波及効果:
首都直下地震が発生した場合、建物・設備の物理的損傷、電力供給停止、交通インフラ麻痺、サプライヤー被災が同時に発生し、復旧の複雑化と長期化を招きます。この相互関係を理解せずに個別対策のみを講じても、実効性のある事業継続は困難です。

時系列での影響変化への対応:
災害発生直後の緊急対応期(0-72時間)、初期復旧期(数日-数週間)、本格復旧期(数ヶ月)において、リスクの性質と必要な対応策は大きく変化します。各段階での重要業務と必要リソースを事前に特定することで、段階的な復旧戦略を構築できます。

経営資源配分の最適化:
中小製造業の限られた経営資源を最大限活用するため、リスクの発生確率と事業への影響度を定量的に評価し、投資対効果の高い対策から優先的に実施する戦略的アプローチが不可欠です。

製造業特有のリスク要因の体系的分類

製造業が直面するリスクを以下の6つのカテゴリで体系的に整理し、抜け漏れのない分析を実施します。

1. 生産設備・インフラリスク

重要設備の単一障害点(SPOF)リスク:
生産ライン全体を停止させる可能性のある重要設備を特定し、故障時の影響範囲と復旧期間を評価します。特に、ボトルネック工程の専用機、共通インフラ設備(コンプレッサー、ボイラー、電源設備)の故障は全社的な生産停止を招く可能性があります。

設備老朽化と部品調達リスク:
導入から15年以上経過した設備は、突発故障リスクが高まり、交換部品の調達困難や技術者不足により復旧が長期化する傾向があります。メンテナンス履歴と部品供給状況を基に、設備更新計画との連動を図ります。

ユーティリティ供給停止リスク:
電力、工業用水、ガス、圧縮空気、蒸気などの供給停止による生産ライン全面停止のリスクを評価します。特に、電力については8時間超の停電で多くの製造工程が停止するため、自家発電設備の容量と燃料備蓄量の確認が重要です。

2. サプライチェーン・調達リスク

調達集中リスクの定量化:
重要部材・原材料について「品目×一次サプライヤー×所在地×在庫日数×代替可否」の観点で棚卸しを実施します。特定サプライヤーへの依存度が高い品目(調達額の80%以上を1社に依存)は、そのサプライヤーの被災により生産停止に直結するリスクがあります。

地理的集中リスクの評価:
関東圏の産業集積地域における立地リスクを具体的に評価します。

  • 荒川・中川・綾瀬川低地(埼玉南部~東京東部):洪水・内水氾濫
  • 多摩川・鶴見川流域(東京西南部~神奈川):洪水・橋梁通行止め
  • 東京湾岸・川崎・横浜臨海:液状化・高潮・長周期地震動
  • 神奈川西湘・湘南:相模トラフ津波・土砂災害

物流経路の脆弱性分析:
首都高・湾岸道路・東名高速道路などの主要物流ルートの代替経路確保状況と、フォワーダーの代替拠点契約状況を確認します。

3. 人的資源リスク

技能継承と代替要員確保:
製造現場の暗黙知を有する熟練技能者の不在リスクを、スキルマトリックスにより可視化します。特定の工程でしか対応できない技能者が1名のみの場合、その人物の被災や離職により生産が完全停止するリスクがあります。

通勤・参集困難リスク:
従業員の居住地分布と通勤ルートを分析し、災害時の出社可能率を予測します。首都圏では鉄道網の麻痺により、従業員の50%以上が出社困難となる可能性があります。

4. 情報システム・サイバーリスク

製造系システム(OT)への攻撃リスク:
PLC、DCS、SCADAなどの産業制御システムへのサイバー攻撃により、生産ラインの乗っ取りや破壊が発生するリスクを評価します。特に、IoT化やスマートファクトリー化の進展により、従来の閉鎖的なシステムがネットワーク接続されることで攻撃面が拡大しています。

データ・ノウハウ流出リスク:
CAD/CAMデータ、製造レシピ、品質管理データなどの重要情報の漏洩により、競争優位性を失うリスクを評価します。

5. 品質・法令遵守リスク

災害時品質管理体制の維持:
災害時の作業環境変化や設備異常による不良品発生、品質記録の消失、検査体制の機能停止により、製品品質を維持できないリスクを評価します。

法規制遵守リスク:
環境基準、安全基準、品質基準等の法規制に対する違反リスクと、それに伴う操業停止、罰金、許認可取消しのリスクを評価します。

6. レピュテーション・財務リスク

顧客信頼失墜リスク:
納期遅延、品質問題、情報漏洩等により顧客からの信頼を失い、将来受注への影響が発生するリスクを評価します。

資金調達困難リスク:
災害時の緊急資金需要に対する調達可能性と、金融機関の被災による融資機能停止リスクを評価します。

関東圏地域ハザードの科学的評価手順

地域特性を踏まえた定量的リスク評価を以下の段階的手順で実施します。

STEP1:拠点とサプライヤーの地理的マッピング

自社の全拠点(工場・倉庫・本社)と重要サプライヤー(A/B/Cランク)、主要顧客、物流拠点の住所を一覧化し、Googleマイマップ等にプロットします。この地理的可視化により、後述のハザード情報との重ね合わせが効率的に実施できます。

STEP2:公的ハザード情報の詳細確認

地震リスクの定量化:

  • J-SHIS(地震ハザードステーション):想定震度、地震動、表層地盤増幅率
  • 各自治体の地震被害想定:建物被害率、インフラ復旧期間予測
  • 液状化可能性マップ:地盤の液状化危険度評価

水害リスクの定量化:

  • 国土交通省「重ねるハザードマップ」:洪水・内水・高潮・津波の浸水想定
  • 想定最大規模降雨(1000年に1度)での浸水深・浸水継続時間
  • 各河川の洪水浸水想定区域図:荒川、多摩川、鶴見川、相模川等

その他のハザード情報:

  • 土砂災害警戒区域・特別警戒区域の指定状況
  • 津波浸水想定区域(神奈川県沿岸部)
  • 火山灰降下想定区域(富士山噴火時)

STEP3:現場条件との詳細突合せ

ハザード情報を自社の具体的な設備・建物条件と照合し、実際の被害想定を行います。

浸水対策の評価:

  • 重要設備の設置高さ(床上何cm)と想定浸水深の比較
  • 電源盤・制御盤の設置位置と浸水リスク
  • 地下ピット・地下設備の有無と排水能力
  • 止水板の設置状況と防水性能

地震対策の評価:

  • 建物の建築年次と耐震基準(1981年新耐震基準以前/以後)
  • 設備のアンカーボルト仕様と耐震性能
  • 重要機器の免震・制振装置設置状況

STEP4:インフラ復旧想定との統合評価

自社設備の被害想定に加え、周辺インフラの復旧期間を考慮した総合的な事業中断期間を予測します。

電力復旧の想定:

  • 東京電力の災害時復旧計画に基づく地域別復旧優先順位
  • 自家発電設備の容量・燃料備蓄量と必要電力の比較
  • 重要顧客・病院等への優先復旧ルートに含まれるかの確認

交通インフラ復旧の想定:

  • 主要道路・橋梁の耐震性能と復旧期間予測
  • 鉄道各社の災害時運行再開計画
  • 港湾・空港の復旧期間と物流への影響

リスクの定量化と優先順位付け手法

リスクマトリックスによる基本評価

各リスクについて、発生確率と影響度を5段階で評価し、リスクマトリックス上にプロットします。

発生確率の評価基準:

  • 5(極めて高い):年1回以上発生(設備故障、サイバー攻撃等)
  • 4(高い):3年に1回程度(台風、大雪等)
  • 3(中程度):10年に1回程度(中規模地震、河川氾濫等)
  • 2(低い):30年に1回程度(大規模地震、津波等)
  • 1(極めて低い):100年に1回未満(巨大噴火等)

影響度の評価基準:

  • 5(致命的):事業存続困難(売上70%以上減少、6ヶ月以上の操業停止)
  • 4(重大):事業に深刻な影響(売上30-70%減少、1-6ヶ月の操業停止)
  • 3(中程度):事業に相当な影響(売上10-30%減少、2週間-1ヶ月の操業停止)
  • 2(軽微):事業に限定的な影響(売上5-10%減少、1週間程度の操業停止)
  • 1(微小):事業への影響は最小限(売上5%未満減少、数日の軽微な影響)

リスク値の算出:

$$リスク値 = 発生確率スコア \times 影響度スコア$$

リスク値20以上を「極めて高いリスク」、15-19を「高いリスク」、10-14を「中程度のリスク」、9以下を「低いリスク」として分類します。

期待年間損失(EAL)による高度な定量化

投資判断に活用するため、より精密な経済的評価を実施します。

基本計算式:

$$EAL = 年間発生確率(AEP) \times 1回あたり損失額$$

1回あたり損失額の構成:

$$1回あたり損失額 = 直接損失 + 間接損失$$

$$直接損失 = 設備損傷額 + 在庫損失額 + 建物修繕費 + 緊急対応費$$

$$間接損失 = 売上機会損失 + 追加調達コスト + 違約金 + 将来売上影響額$$

具体的計算例(荒川氾濫による浸水1.0m想定):

  • 年間発生確率:1%(100年に1回想定)
  • 停止期間:21日
  • 日次限界利益:100万円
  • 売上機会損失:21日 × 100万円 = 2,100万円
  • 設備・在庫損傷:1,500万円
  • 緊急対応費・違約金:400万円
  • 1回あたり損失合計:4,000万円
  • EAL = 1% × 4,000万円 = 400万円/年

この400万円/年のEALに対し、止水板設置(200万円)や重要設備の嵩上げ(300万円)などの対策投資のROIを比較評価できます。

製造業向けリスク評価の具体例

例1:首都直下地震(震度6強・液状化あり)

  • 発生確率:2(30年以内70%)
  • 影響度:5(建屋損壊、設備全損、長期操業停止)
  • リスク値:10 → 中程度のリスク
  • EAL:2.3% × 8億円 = 1,840万円/年

例2:主要NC旋盤の故障

  • 発生確率:4(稼働年数15年、年1回程度のトラブル)
  • 影響度:3(特定製品の生産停止、代替機で対応可能)
  • リスク値:12 → 中程度のリスク
  • EAL:25% × 500万円 = 125万円/年

例3:重要サプライヤーの被災(部品A)

  • 発生確率:3(10年に1回程度の地域災害)
  • 影響度:4(代替調達先なし、2ヶ月の生産停止)
  • リスク値:12 → 中程度のリスク
  • EAL:10% × 3,000万円 = 300万円/年

サプライチェーンリスクの可視化手法

製造業の事業継続において、サプライチェーンの強靭性確保は極めて重要です。

重要調達品目の多角的分析

「品目×サプライヤー×所在地×在庫日数×代替可否×BCP有無」の6軸でサプライヤーリスクを体系的に評価します。

調達集中度の定量評価:

  • A品目:調達額の90%を1社に依存 → 高リスク
  • B品目:調達額を3社に分散(60%、25%、15%) → 中リスク
  • C品目:調達額を5社以上に分散 → 低リスク

地理的分散度の評価:

  • 同一市区町村内に集中:高リスク
  • 同一都県内に分散:中リスク
  • 複数都県に分散:低リスク

サプライヤーBCP評価制度の導入

重要サプライヤーに対し、以下の項目でBCP策定状況を評価し、格付けを実施します。

評価項目:

  • BCP策定の有無と更新頻度
  • 代替生産拠点の確保状況
  • 重要設備のバックアップ体制
  • 原材料の安全在庫日数
  • 災害時の連絡体制整備状況

格付け基準:

  • Sランク:全項目で高水準、代替生産可能
  • Aランク:基本項目は充実、一部改善余地あり
  • Bランク:最低限のBCP策定済み、継続的改善必要
  • Cランク:BCP未策定または不十分、代替調達先開拓必要

地域連携によるリスク軽減戦略

産業クラスター内での相互支援体制

関東圏の製造業集積地域では、企業間の相互支援により個社のリスクを大幅に軽減できます。

代替生産協力ネットワーク:
同業他社との間で緊急時の代替生産協力協定を締結し、生産能力の相互補完を図ります。特に、大田区、川口・蕨エリア、相模原市などの産業集積地域では、類似設備を有する企業間での協力が効果的です。

共同調達・在庫共有システム:
重要部品の共同調達により調達力を強化し、緊急時在庫の相互融通により個社の在庫負担を軽減します。

技能者相互派遣制度:
専門技能者の相互派遣により、キーパーソン不在リスクを地域全体で軽減します。

行政・支援機関との連携強化

災害時優先復旧制度の活用:
自治体の災害対応計画における重要企業指定制度に参加し、道路啓開や電力復旧の優先順位向上を図ります。

金融支援制度の事前確認:
災害時の緊急融資制度、信用保証制度の詳細を事前に把握し、必要書類を準備しておくことで、迅速な資金調達を可能にします。

よくある落とし穴と対策

ハザードマップの表面的な確認:
単にハザードマップを見るだけでなく、自社設備の具体的な設置高さや保護対策と照合し、実際の被害想定を行うことが重要です。

サプライヤー情報の不十分な把握:
サプライヤーの市町村名だけでなく、実際の工場所在地の詳細な立地条件(低地、臨海部、活断層近傍等)を確認する必要があります。

夜間・休日対応の未検討:
多くの製造業で24時間稼働や交代制勤務を実施しているにも関わらず、夜間・休日の初動対応体制(鍵・アクセス権・連絡網)が整備されていないケースが多く見られます。

在庫変動の未考慮:
期末や繁忙期の在庫偏在により、平常時とは大きく異なる被害想定となる可能性があります。最大在庫時の被災影響も評価対象とする必要があります。

5分でできるチェックリスト

  • 自社全拠点の住所リストを作成し、国土交通省「重ねるハザードマップ」で浸水深・震度を確認済み
  • 重要設備の床上高さ(mm単位)と電源盤・制御盤の設置位置を実測済み
  • 主要サプライヤー上位10社の所在地をGoogleマップで確認し、ハザード情報と照合済み
  • 過去5年間の設備故障・品質問題の発生頻度と復旧期間を一覧表に整理済み
  • 停電8時間超の想定で影響を受ける工程・設備をリストアップ済み

今週のアクション

地域ハザード情報の詳細調査:
国土交通省ハザードマップポータルサイト、J-SHIS、各自治体の防災情報ページから、自社全拠点について想定震度・浸水深・液状化可能性を特定してください。重要サプライヤー・顧客の所在地についても同様の調査を実施し、スクリーンショットを日時入りで保存してください。

製造業向けリスク棚卸しの実施:
本稿の6カテゴリ分類を参考に、自社に該当するリスク項目を網羅的にリストアップしてください。各リスクについて、発生確率と影響度を5段階で仮評価し、リスクマトリックス上にプロットしてください。

重要サプライヤーのリスク評価:
調達額上位20社について、所在地のハザード確認、在庫日数、代替調達可能性、BCP策定状況を調査し、サプライヤーリスク台帳を作成してください。

EAL試算の実施:
リスク値上位3項目について、停止日数、日次限界利益、復旧費用を概算し、年間発生確率を乗じて期待年間損失を算出してください。この数値は次回のBIAや対策投資判断の重要な基礎データとなります。


次回第4回では「【BIA編】生産プロセスの重要度評価と復旧優先順位の戦略的決定」と題し、今回特定したリスクが実際の業務プロセスに与える具体的影響を定量的に分析する業務影響度分析(BIA)の実践手法について解説します。

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